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長崎地方裁判所 昭和30年(ワ)567号 判決 1961年11月22日

原告 小国木材株式会社

右代表者代表取締役 竹原初喜

右訴訟代理人弁護士 小山清彦

被告 株式会社親和銀行

右代表者代表取締役 牧謙一

右訴訟代理人弁護士 山中伊佐男

主文

一、被告は、原告に対し、五五〇、〇〇〇円を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告の主たる請求について

一、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、≪省略≫の全趣旨を総合すれば、原告は、木材の卸販売を目的とする会社であるところ、昭和二九年四月頃から長崎市所在の松本商会と木材の取引を開始するにあたり、同商会の代表者たる松本博道から木材代金の決済を約束手形でもつてさせて欲しい旨の申入れがあつたが、右松本は、従前訴外長崎木材株式会社の専務取締役をしていたものであり、同会社は、以前原告との木材取引において手形の不渡りをだし、原告に相当な損害を蒙らせていた関係もあつて、原告において右松本の申入れを断り、現金決済の方法で約三ヶ月にわたり松本商会に木材を売り渡していたこと、当時松本商会は、右原告から買入れた木材を訴外三菱電機株式会社に納入し、その代金受領の権限を被告銀行大波止支店に委任しながら、同支店から融資を受けていたこと、昭和二九年七月初め頃となり、木材の需要が多くなつたので、松本商会は、再び原告に対し、代金の手形決済による木材の取引方を申し入れたが、原告は、前記の理由により無条件にこれを承諾せず、右手形の支払を確保する方法が講じられれば右申入れに応ずる意思がある旨返答したところ、右商会の代表者前記松本において、松本商会が前記のとおり木材代金の受領を委任していた被告銀行大波止支店の協力を求めるべく、原告代表者を伴つて同支店に支店長高橋守を訪ね、以上の事情を説明し協議した結果、一応、松本商会が原告あてに振り出す約束手形については、被告銀行大波止支店長において確認印を押捺する旨の話がまとまつたけれども、原告代表者は、単なる口約束では安心できないと考えて右の趣旨の書面の作成を要求したので、同年七月八日付で、「これから松本商会が三菱電機株式会社長崎製作所に納入する木材を発注するに当り、原告とつぎの条項を確約する。一、松本商会が被告銀行大波止支店長へ代理受領委任中の三菱電機株式会社長崎製作所に納入したる木材代金は、昭和二九年七月一日より同年一二月三一日の間において、松本商会振出の約束手形引落しを第一順位とする。ただし、被告銀行大波止支店長確認手形にかぎる。二、被告銀行大波止支店長高橋守は、右の事項を承認する。」旨の約定書が作成され各人において一通あて所持することとなり、さらに右支店長は、松本商会振出、原告受取にかかる約束手形に関しては、同支店貸付係鮫島の印鑑をもつてこれを確認する旨を原告に書面で通知したことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

被告は、右支店長のした承認は、顧客に対するサービスの意味でされたものであるから、法律的な拘束力はないと主張するけれども、前認定の事実に徴すれば、右支店長の承認により、同支店が前記松本商会と原告間の契約に当事者として参加したものと認めるを相当とし、この認定の支障となる証拠はない。してみれば、被告銀行大波止支店長が右契約締結の権限を有するかぎり、同支店が右契約上の効果の拘束を受けることは、もとより当然である。

二、つぎに、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間に成立した前記契約の内容は、かならずしも明確でなく、原告はこれをもつて、右支店長が確認した約束手形は、同支店において、前記受領を委任されている木材代金により、他のいかなる権限にも優先して支払わなければならないとの意味を有する契約であると主張し、被告はこれを争い、被告銀行に同時に呈示された約束手形等の支払順位を変更するものにすぎず、右支店長確認の約束手形を被告銀行の松本商会に対する債権に優先して支払う趣旨のものではないと主張するので判断するに、原告代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)によるも原告の右主張事実を確認しがたく、他にこれを確認し得る証拠なく、かえつて証人今出雅康(第二回)、山道春良(第三回)の各証言により真正に成立したと認められる乙第七号証、証人鮫島淳一郎、松本博道、今出雅康(以上いずれも第一、二回)、山道春良(第一ないし第三回)、高橋守、小堀清、中島勇の各証言に前記約定書の文言をあわせ考えれば、右契約は要するに、被告銀行大波止支店に同時に呈示された松本商会振出の約束手形等の中に同支店長確認にかかる約束手形があれば、この支払を第一順位とする趣旨のものであり、それ以上に右確認手形を被告銀行の松本商会に対する債権に優先して支払うとの趣旨を含むものではないと認められる。のみならず、右契約は、前認定のとおり昭和二九年一二月三一日までの期限付で成立していたのであるから、右期限が延長されたことを認めるに足る証拠のない本件においては、右期限の経過と共に失効したものといわざるを得ない。

もつとも、松本商会と被告銀行大波止支店間の前記木材代金代理受領契約が昭和三〇年一月一日以後も延長され、かつ同日以後も松本商会振出の約束手形に前記鮫島の印鑑が押捺されていたことは、当事者間に争いがないので、これらの事実のみをみれば、前記約束手形引落しに関する契約も黙示的に期限が延長されたと認めるべきもののようである。なるほど、右木材代金受領契約と右約束手形引落しに関する契約とが、相関連していることは否定できないにしても、不可分一体をなすものとは認めがたいのみならず、右鮫島の印鑑の押捺は、被告銀行大波止支店貸付係鮫島淳一郎が同支店長高橋守不知の間に勝手にこれをしたものであること後記認定のとおりである以上、前記各事実もいまだ前記契約期限の黙示的延長を肯認するに足る証拠となしがたく、他にそのような証拠は見当らない。

よつて、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間の前記約束手形引落しに関する契約が昭和三〇年一月一日以後も存続していることを前提とする原告の主たる請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由なしとして棄却を免れない。

第二、原告の予備的請求について

一、昭和二九年七月頃から昭和三〇年七月頃まで、訴外高橋守が被告銀行大波止支店の支店長、訴外鮫島淳一郎が同支店の行員であつたことは、当事者間に争いがなく、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間の前記約束手形引落しに関する契約が昭和二九年一二月三一日の経過と共に失効したにも拘らず、その後もひき続き松本商会振出の約束手形に右鮫島の印鑑が押捺されていたことは、すでに説示したところから明らかである。

そこで、右鮫島の印鑑が右期限後もひき続き押捺された事情についてみるに、証人松本博道、≪省略≫を総合すれば、松本商会は、昭和三〇年一月頃、原告から買い受けた木材代金の支払のため、原告に対し約束手形を振り出しこれを原告に送付したところ、原告において、銀行で割引するのに都合が悪いので従前どおり被告銀行大波止支店長の印を貰つて欲しいといつて、右約束手形を松本商会に返送したので、同商会の代表者松本博道がその頃右大波止支店に前記鮫島淳一郎を訪ね、松本商会振出の約束手形には従前どおり鮫島の印鑑を押捺して貰いたいと申し入れたこと、右鮫島は、前記約束手形引落しに関する契約の期限が昭和二九年一二月三一日までとなつていることを理由に、右松本の申入れを一応拒絶したものの、右松本の強い要求により、右支店長高橋守と相談することなく独自の判断でこれを承諾したこと、その際右松本と鮫島の間においては、右押印は従前のものと異り、約束手形引落しと全然関係なく、単に松本商会が真正に振り出した手形であることを確認する意味しかないこととされたが、原告に対してはそのような通知をすることなく、右松本において鮫島の印鑑の押捺を受けた約束手形を送付したこと、その後も従前どおり右鮫島において松本商会振出の約束手形に自己の印鑑を押捺していたが、前記支店長高橋守はこれを知らなかつたことが認められ、原告代表者本人尋問の結果(第三回)のうち以上の認定に反する部分は、前記各証拠に比照したやすく信用しがたく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

つぎに、いずれも成立に争いのない甲第一号証、≪省略≫の全趣旨を総合すれば、原告代表者は、昭和三〇年一月一日以後も、前記約束手形引落しに関する契約の期限が経過したことに気づかず、前記のように松本商会から従前どおり鮫島の印鑑の押捺された約束手形の送付を受けることにより、右契約はなお有効に存続しているものと信じて、松本商会との木材取引を継続したこと、右取引においては、まず原告から出荷案内状や計算書と共に木材を松本商会の納入先たる前記三菱電機株式会社長崎製作所に送付し、同製作所においてこれを検収の上、右商会より遅滞なく代金の全額または一部に相当する額面の約束手形を原告あてに振り出し前記鮫島の押印を得て、これを原告に送付する方法がとられていたこと、右のようにして送付された約束手形のうち満期が同年六月一八日までのものは全部支払われたけれども、原告主張の約束手形(以下単に本件手形という。)イ、ロの二通が、いずれもその満期たる同年七月二五日に預金不足のため不渡りとなり、ひき続いて本件手形ハ、ニ、ホ、ヘも無取引のため不渡りとなつたこと、原告代表者は、本件手形イ、ロが不渡りとなつたので、直ちに被告銀行大波止支店に同支店長高橋守を訪ね事情をきいたところ、高橋は、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間の前記約束手形引落しに関する契約はすでに期限がきれている旨言明したので、原告代表者においてはじめてそのことに気づいたこと、前記不渡りとなつた約束手形は、いずれも昭和三〇年五月頃以後に原告から送付された木材代金の支払のため振り出されたものであり、かつ前記鮫島は、同年一月頃から四月頃までに数回にわたり前記押印をしていたこと、松本商会は、その後営業を停止したままであり、現在無資力であることが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

二、ところで、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間の前記約束手形引落しに関する契約が成立するに至つたいきさつについては、さきに認定したとおりであり、また原告が、松本商会の振り出した約束手形に鮫島の印鑑の押捺を受ければ不渡りとなる危険性が少く、一応安心して割引を求め得ると考えたことは、前認定の事実からたやすく肯認できるところであるから、原告が松本商会と木材の取引を継続するにつき右契約の存在は極めて重要な意味を有していたといわなければならない。

しかして、右の事実に前項において認定した各事実を総合して判断すれば、原告が昭和三〇年一月以降も従前通り松本商会と木材の取引を継続したのは、被告銀行大波止支店の行員鮫島淳一郎が前記約束手形引落しに関する契約の期限経過の事実を知りながら、原告に対してなんらの注意も与えないで、従前どおり自己の印鑑を松本商会振出の約束手形に押捺し続けたことにより、原告において右契約はなお有効に存続しているものと誤信したからにほかならないと認めるを相当とし、この認定を左右するに足る証拠はない。

そして、前記甲第二号証の一、二、≪省略≫を総合すれば、前記鮫島淳一郎は、松本商会、原告、被告銀行大波止支店間の前記約束手形引落しに関する契約成立のいきさつを十分知つていたと認められ、この事実に、右契約の期限経過後も従前どおり自己の印鑑を約束手形に押捺するに至つた前認定の事情をあわせ考えれば、右鮫島は約束手形への前記押印行為により原告が前記のような錯誤におちいり、従前どおり松本商会との木材取引を継続するに至ることを知り得たと認めるを相当とする。

三、以上認定の全事実に前記甲第一一、一二号証を総合して判断すれば、右鮫島は、昭和三〇年一月以後、すくなくとも過失により、原告をして右のような錯誤におとし入れ、松本商会への木材の売却送付を継続させ、さらに同商会においてこれを前記三菱電機株式会社長崎製作所に転売したので、結局原告の右送付にかかる木材所有権を侵害したものというべきであり、これにより原告は、すくなくとも右木材の売買代金の支払のために振り出された本件不渡手形六通の合計金額一、一五五、九九五円のうち、すでに原告において松本商会から支払を受けたと自認する一二一、三〇一円を控除した一、〇三四、六九四円相当の損害を蒙つたものと認めるを相当とする。

もつとも、この点について被告は、本件不渡手形六通に対する前記鮫島の押印による各確認行為は、いずれも右各手形金額に相当する木材が原告から松本商会に送付された後にその都度されたものであるから、右各確認行為と各木材送付およびこれによる原告の損害との間には因果関係はない旨主張し、前認定の事実よりすれば、右各確認行為は、いずれも右各木材送付の後にされたことが明らかであるけれども、木材の送付は、いずれもその送付前にされた前記鮫島の継続的押印行為により、原告が前記約束手形引落しに関する契約の存続を信じたればこそ、原告においてこれをしたものであること前認定のとおりであるから、木材の送付およびこれによる原告の損害と、右送付前における右鮫島の継続的押印行為との間には相当因果関係があるというべく、被告の右主張は、とうてい採用できない。

そこで進んで、右鮫島の不法行為が被告銀行の事業の執行につきされたものかどうかにつき判断する。

まず、被告銀行大波止支店長が前記のような約束手形引落しに関する契約を締結する権限を有していたかどうかについて考えてみるに、前記乙第七号証によれば、被告銀行と松本商会間に締結された当座勘定約定書に、「同時に呈示された数通の小切手、手形の総額が当座勘定を超過するときは、そのうちいずれの小切手、手形を支払うかは、被告銀行の任意とする。」旨の条項があることが認められるところ、被告銀行大波止支店に同時に呈示された小切手等の支払順序の決定は銀行における日常の事務と解されるので、これにつきその都度被告銀行代表者らの意見を伺わなければならないとの特段の内規等があればともかく、そのようなことの認められない本件においては、被告銀行大波止支店に同時に呈示された小切手等の支払順序を決定することは、同支店長の権限の範囲内にあると認めるを相当とし、したがつて、同支店長高橋守が前記約束手形引落しに関する契約を締結したことは、もとよりその権限をこえるものではない。

つぎに、右支店長が右契約に基く約束手形の確認を自らすることなく、同支店貸付係鮫島淳一郎に命じてその印鑑により確認させていたことは、前記甲第二号証の一、二、証人鮫島淳一郎(第一、二回)、高橋守の証言により肯認できるので、右契約の期限内における右鮫島の約束手形確認行為は、被告銀行の行員としての職務の執行に属すること明白であり、右期限経過後の前認定の鮫島の手形押印行為は、内部的には右職務の執行の期間満了後にされたものであるけれども、前認定のように右押印行為は、外形的には従前のものとなんら変るところはないから、その行為者たる鮫島の意図いかんに拘らずこれを客観的に観察すれば、右鮫島が被告銀行の事業の執行につきこれをしたものと認めるべきは、もとより当然である。

四、以上のとおりであるから、他に特段の事情のないかぎり、被告銀行は、原告に対し、前記一、〇三四、六九四円の損害を賠償すべき義務があるというべきところ、前認定のとおり、原告代表者は、前記約束手形引落しに関する契約書を受け取りながら、同契約書に明記されている期限を忘却し、右契約の期限経過後も松本商会から鮫島の押印のある約束手形の送付を受けることにより、右契約はなお有効に存続しているものと軽信して、木材の取引を継続したのであるから、この点に関するかぎり原告代表者に過失があつたといわなければならない。

よつて、原告代表者の右過失を斟酌するときは、被告銀行の原告に対する損害賠償の額は、五五〇、〇〇〇円に減額するをもつて相当とするので、右の限度において原告の請求を認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高次三吉 裁判官 粕谷俊治 谷水央)

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